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元職場からのオファー。~勘違いの始まり~

前回の話はこちら↓

生きてさえいればどうにかなる ~101件目の奇跡~

 

リサイクル屋の仕事に慣れてきた私は、来たる将来の独立開業に向けて、順調に知識や経験を積み重ねていきました。

 

仕事は与えられるものではなく、自分で生み出すものであるということを理解し、1日の仕事の中で手が空けば、自分の担当ではない業務も積極的にやるようにしました。

 

回収されたスクラップ製品を分解して素材ごとに分別すること。廃棄自転車から値段の付くパーツを探し、取り外すこと。バイクから社外品のパーツを外し、オークションに出すこと。動きそうなバイクはその場で整備し、格安中古車として店頭で販売すること。仕事で使うトラックの清掃やオイル交換、職場の作業環境を率先して改善していくこと・・・

 

 

そこには「仕事」という仕事があるだけであり、「名前の付いた仕事」は無いということを強く意識しました。

 

 

私がもし仕事に「オークション担当」という名前を付けてしまったら、オークション以外の仕事はやらなくなります。「バイク担当」と名前を付けたら、バイク弄りしかしなくなるかもしれません。

 

でも1人で回す自営業でそんなことをしていたら、立ち行かなくなることは明白です。

 

自分が動くことによって1円でも多く会社の売上に貢献し、1円でも無駄なコストを節約し、そしてより多くお客さんに価値を提供する。

 

自営業というミニマムな組織に身を置いたことで、ビジネスというのは本来それくらいシンプルなものであると理解することが出来ました。

 

 

 

私が転職して数ヶ月が経ったある日、私が勤めていた職場の総務課長から電話が掛かってきました。

 

総務課長は私が退職日に大量の自転車を回収していったことを覚えていて下さったそうで、社内で出た粗大ゴミで、無料で引き取って貰える物があったら回収してもらえないか?という打診でした。

 

 

私は喜んで快諾し、社長の1トントラックを借りて、作業着姿で元職場へ舞い戻りました。

 

 

総務課へ顔を出すには社屋へ入って2階へ上がる必要がありましたから、その途中にある私の元職場にも、顔を出して挨拶をしていきました。

 

顔見知りの先輩方が笑顔で迎えてくださり、課長に至っては「なんか馴染みすぎてて加納くんが辞めた気がしない」と言ってくれました。

 

 

短い挨拶を終えて総務課へ顔を出し、引き取って貰いたい物がある場所まで案内して頂きました。

 

粗大ゴミは構内の廃コンテナの中に詰められており、中には事務用品やOA機器など、職場で使っていたような雑多な粗大ゴミがまとめられていました。

 

当時はプラスチックやガラスなどが含まれる製品でも、金属が付いている物であれば「雑品」という名目でkg単価で買取りしてもらえたため、そこに詰められた粗大ゴミは9割方回収することが出来るものでした。

 

作業場所は乗務する運転士が行き来する通路沿いにあって、1時間前後の作業時間のうちに、顔見知りの元同僚と何人もお会いしました。

 

皆さん「久しぶりだな!」と笑顔で声を掛けて下さって、会社を辞めてもこうして違う形で顔を合わせられることがとても嬉しく思いました。

 

 

さらにそこでの積み込みが終わった後、敷地内の車両検査をやっている別の部署でも、積み上がった粗大ゴミを引き揚げていって欲しいと言われました。

 

そちらは車両の修繕などで出た金属ゴミが中心で、事務用品よりもスクラップ単価の高いゴミが多く感じました。

 

先ほどの事務用品で荷台がほぼ埋まっていたため、この日は積めるところまで積んで、後日改めて回収に行くことにしました。

 

 

こうして私と元職場との関係は退職後も続くことになり、私も逮捕されるまでの間、何度か元職場へゴミ回収のため足を運びました。

 

そして会社としても、本来捨てるのに高額な処分費を出さないといけないから、加納くんが持ってってくれると経費節減にもなる。処分費に関する面倒な書類手続きも要らなくなる・・・と、総務課長にも感謝して頂くことが出来ました。

 

回収した粗大ゴミをスクラップに出して売上を持ち帰ると、社長も短時間でそれなりの売り上げが出たことを喜んでくれました。

 

 

音を上げて辞めてしまった会社でしたが、新しい仕事を通じて違う形で貢献でき、さらにそこで引き取った物がお世話になっている社長の売上にもなり、私の給料にもなる。

 

だから関わる全員にメリットのある、良い仕事が出来ていると思っていました。

 

 

 

今思えば、そう思い込んでしまったからこそ最終的には逮捕されることに繋がったのですが。

 

 

会社で出たゴミを私が回収する=会社は処分費が抑えられて経費節減に繋がる

 

 

この思考回路になってしまったことで、私は事件に繋がる行動を大した疑問も持たずに起こし、そして結果的に逮捕され、有罪判決を受けたのです。

 

 

静岡の元職場では当時、粗大ゴミを詰めていた廃コンテナ自体も処分したいという意向を持っていました。

 

総務課長からそれらも多額の処分費が掛かるのでなんとかならないか?という相談を受けており、社長との協議の上、お世話になっているスクラップ屋の保管庫として再利用出来そうだから無料回収で行ってしまおう!とゴーサインを頂いていました。

 

しかし、最終的にその仕事に着手することなく、私は逮捕されて塀の中に閉じ込められたのでした。

 

 

そろそろこのストーリーも、事件の核心部分に近付いています。次回以降、その辺に触れていくことになると思います。

 

この話の続きはこちら。

未投稿です

 

会社を辞めるまでの話を最初から読まれる場合はこちらからどうぞ。

一生働くつもりで入った会社を辞めるまで① ~時限爆弾が爆発する~

 

ストーリーを最初から読まれる場合はこちらからどうぞ。

鉄道会社で働くことへの憧れ ~将来の夢にどんな絵を描いたか?~

 

元職場からのオファー。~勘違いの始まり~」に4件のコメントがあります

  1. いよいよ物語の核心ですね

    よかれと思ったことが実は悪いことだった
    みんな大なり小なりもっているでしょうけど、有罪判決まで受けるなんてどんなことがあったのでしょう

    JR貨物特有の体質なのか、人間の本性なのか気になります

    1. >西日本さん

      ご無沙汰しております。いつもお読み下さってありがとうございます。

      「よかれと思った」は、やった人間の言い訳に過ぎず、被害者がどう感じたのかが全てだと思います。弁護士さんにも「もう少し管理者との距離が近い中小企業であれば、示談で終わるくらいのことだったのに残念です。」と言われました。

      その当時は辛かったですけれども、今はその経験も自分が今後の人生の教訓を得るために大切なプロセスだったと、考えるようにしております。

  2. けんし!
    色々辛い思いしてたんだね
    何にもしらなかった
    力になってやれなくてごめんね
    私は仙台にもう10年すんでます
    最後に会ったのは、私達がいつもしてる飲み会に久しぶりに顔出してくれた時!
    あなたが就職する前かな〜
    一生懸命で熱い男ってのは、知ってた
    大人になって、大層な人生の失敗かもしれないけど、
    どうか生命だけは大切にして下さい
    数年しかあなたと顔を合わせた事ないけど、私はあなたの事忘れてないよ!

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