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破滅のスケジュール

前回の話はこちら↓

 

元職場からのオファー。~勘違いの始まり~

元職場から粗大ゴミ回収のオファーを頂くようになった私は、粗大ゴミの回収業者という形で、元職場へ出入りするようになっていました。

 

 

そこでは私たちにとっては価値のある物であっても、会社としては事業ゴミとして高い処分費を払って捨てなければならないのだと聞いていました。

 

捨てるのにお金が掛かるのならタダで回収するだけで先方には利益が還元できるわけですから、お互いにメリットのある仕事になることは間違いありません。

 

実際、個人相手でも多量の粗大ゴミは自身で持ち込むことで市が有料で回収するわけですから、それを無料で、しかもその場で回収してもらえるとなれば個人のお客さんにも大きなメリットがありました。

 

 

その商売のやり方が会社相手でも通用する。そして実際に社長はそのやり方で多くの事業所からゴミを回収したり、放置自転車の撤去をやったりして大きな仕事に繋げていっていました。

 

私もその一つに貢献出来、そして自分が独立した暁には、元職場を自社のお得意先として、末永くゴミ回収という形でお付き合いできたらいいなと思っていました。

 

 

しかし、そんな幻想を夢見ることも長く続かなかったことは、このブログの読者さんであれば周知の事実かと思います。

 

 

ある日、私が独立したら一緒に働きたいと言ってくれた元職場の元同僚が、予定より早く会社を辞めると言い出しました。

 

まだ独立予定の時期より半年以上前でしたが、彼は色々な事情があって職場に嫌気が差してしまったそうで、「もうやってられない。加納くんが商売始めるまで、こんな会社に居るよりどっかでバイトした方がマシだわ」と、かなり感情的になっていました。

 

その時何があったかはなんとなく想像出来ましたが、彼の決断ですから私が口を出すことではないと思い、彼の気持ちを尊重するようにしました。

 

そして彼は乗務を降りて空いた時間で社長の所へ顔を出すようになり、本格的に働く前に事前に経験しておきたいと言って、時々私の仕事に付いてくるようになりました。

 

私もその頃には独立開業に向けて軽トラックを一台購入しており、その軽トラで一緒に回収へ行ったり、彼に軽トラを貸して自由に回ってきてもらったりしました。

 

彼は自分の地元を中心に回ってくることが多く、持ち前の行動力も相まってか一日軽トラを預けると荷台にはそこそこのスクラップを積んで帰ってきていて、私が初めてリサイクルの仕事をやった時よりは高い成果を上げていました。

 

 

ある日、彼は私に話を持ち掛けてきました。

 

 

運転士としての乗務も終わり掛けていた頃、彼は愛知県の稲沢駅へ乗務した際、そこで機関車が数両廃車されているのを見たそうです。

 

そして彼は運転士になる以前、愛知機関区という稲沢駅構内にある車両検査修繕の職場で勤めていたため、そこで処分される物も回収業者がトラックで引き取りに来ているということを知っていました。

 

だからもったいないし稲沢まで回収に行こうと、お誘いを受けたのです。

 

 

 

実際、私が乗務していた頃も機関区内のゴミ集積所には山のような金属ゴミが積み上げられていましたし、それらが何度乗務で訪れてもなかなか綺麗に処分されていないことも知っていました。

 

それはきっと金属ゴミであっても捨てるのにお金取られてるからなんだろうなと、私も一連の経験から勝手に思い込んでいました。

 

 

廃車になった機関車は機関区内で酸素バーナーにより切断しながら解体され、大きな破片はクレーンで大型トラックに積み込まれ、運び出されていきます。

 

そして解体中に出た小さな無数の破片は別の産廃トラックに無造作に積み上げられ、運び出されていました。

 

私が運転士だった頃に稲沢駅で研修があり、その研修の最中にちょうどDD51が解体されていたことから、その作業の様子は記憶していました。

 

 

あれだけの解体作業であれば、相当なコストが掛けられて処分されるのだろうと想像していましたし、金属の素材に関係なく無造作に積み込まれて搬出されていくのだから、どの金属がいくら・・・などといちいち計算もしていないように見えました。

 

規模が大きい故に非常にもったいないことをしているように思えたのですが、私たちが持っているのは所詮軽トラ一台。

 

1両100トン近くある機関車からたった350kgのスクラップを積み出したところで、静岡~稲沢という片道200kmもある道のりを往復することを考えれば、全く割りに合わないということは容易に想像出来ました。

 

彼にとっては元職場でも私には馴染みのない職場であり、さらに所要時間や経費のことを考えると全く気乗りしなかったのですが、彼はせっかく処分されるのだからと強く勧めてきました。

 

 

私はこれから独立して彼と一緒に仕事をするのですから、私の対応が原因で彼のモチベーションを下げてしまうということに関して最も慎重になっていました。

 

 

ですから今回の話も私が一方的に否定すれば、彼はそこで不満を持ってしまいモチベーションを失ってしまうのでは・・・?それは今回に限っては些細なことでも、そういう気持ちの行き違いの積み重ねで、いずれ関係が崩壊してしまうのでは・・・?と考えるようになりました。

 

私は彼が職場での処遇に不満を持ってJR貨物の退職を決意した事を知っていましたし、私自身そのような不満が生まれる職場とはどのような物かを知っていましたから、自分が経営側になった途端、あの職場環境を再現してしまうことだけは避けたいと強く思っていました。

 

今思えばJR貨物を辞めてから独立するまで、1年間の間にしっかりした経営者にならなければ・・・という焦りが先行して、当時の私は少々テンパっていたのだと思います。

 

 

また、これも若気の至りと言っていいのか分かりませんが、経費的に考えて仕事としては割りに合わなかったとしても、往復400kmの道のりを気心の知れた2人で楽しくドライブ出来ると思ったら、赤字にならない程度なら楽しそうだからいいんじゃないかという気持ちも芽生えてきました。

 

 

そして私は、「まあ今は軽トラ一台しかないけど、そのうち大型トラックとかクレーンも用意出来る大きい会社に育てられたらいいね!」なんてデカい話で盛り上げ、モチベーションの高い彼の気持ちを優先することにしたのです。

 

こうして私は稲沢駅にある解体予定の機関車から軽トラに積めるだけの部品を回収しに行くことを決め、破滅へのスケジュールを組んでしまったのでした・・・

 

 

この話の続きはこちら。

未投稿です

 

会社を辞めるまでの話を最初から読まれる場合はこちらからどうぞ。

一生働くつもりで入った会社を辞めるまで① ~時限爆弾が爆発する~

 

ストーリーを最初から読まれる場合はこちらからどうぞ。

鉄道会社で働くことへの憧れ ~将来の夢にどんな絵を描いたか?~

 

破滅のスケジュール」に4件のコメントがあります

  1. はじめまして。

    ブログを拝見しました。

    ご自身で重いものを背負われてしまった、
    その大変さが、ひしひしと読んでいても
    伝わり、私もいろいろ考えました。

    大変上から目線で恐縮ですが、
    管理人様の反省は、充分に伝わりますので、
    あまり自分を責め過ぎない方が
    良いと思うのです。

    世の中には刑事罰にならない問わず
    人を傷付けたり不幸にしたりして、
    一切咎め無いのを良い事に
    のうのうと生きている輩も大勢います。
    いじめとか、不当解雇とかパワハラの
    加害者とか、そういう類です。

    万引きや無免許のような軽めの犯罪でも
    重ねると刑務所行きになるというのに、
    法律も何か不公平ですよね。

    潔く刑に服し(警察検察の調べに応じ
    公開裁判も受け)、
    執行猶予期間も無事に経過した。
    それで充分ではないですか。

    執行猶予明けなら、殆どの国家資格も
    取得対象になりますし、
    就職だって、賞罰欄無しの履歴書を使えば
    詐称にはなりませんよ。
    (弁護士サイト等で、執行猶予明けたら
    賞罰無しと書いても可という指南もあり)

    あと、
    有名人でもない他人のフルネームなんて
    選挙出馬とかしない限り
    意外と一般の人は検索しないと思います。
    例えば管理人様は、他人の名前を
    フルネーム検察した経験はありますか?
    あんま無いでしょう。
    そんなものですよ。
    ストーカーでもない限り(笑)

    正直に過ごすのはとても良い事ですが、
    それは自分の首を締める危険性もあります。
    生活を維持するために
    “嘘も方便”という策も
    必要な時があると感じます。

    私も、転職とかたくさんしたクチなので、
    この辺はいろいろ考え
    今は何とかやっています。

    お互いしぶとく生きていきましょう!

    1. >力いっぱい無色さん

      初めまして、ご丁寧なコメントを下さりありがとうございます。

      おっしゃる通り、軽微な失態で犯罪者になる人間も居れば、明らかに許されないことをしていても身の潔白な人間として生き続ける人もいます。

      ただどちらになったとしても、それはその人間の行動の結果導かれたものに変わりはありません。たらればで後悔しても仕方ないですけど、逮捕される前までの自分の行動がどこか1つでも違えば、こういう結果にはならなかったとも言えるわけで、やはり自分がやったことを見つめ直して今後の行動に活かすことが最も大切なのではないかと思っております。

      今後どのような生き方をしていくかについては深く悩みましたが、執行猶予期間の3年が終わってようやく人のお役に立てるような仕事を見付けることもでき、今は私の過去を知った上で、人間として向き合ってくださる人たちに囲まれて穏やかに暮らすことが出来るようになりました。

      このような前科者を応援して下さり、心より感謝申し上げます。

  2. 毎年恒例となりました。
    お誕生日おめでとうございます。

    どうか、お身体を大事になさってください。

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