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やりたいことや欲しい物というのは、何をきっかけに生まれるのでしょうか。
人は生きていれば様々な物を目にし、音を聞き、時には直接触れて多くの刺激を受けます。
毎日のように外部から数多くの刺激を受けている私たちが、その中の何かにインスピレーションを感じて、自分の目標に変換していくのだと思います。
今のあなたに何か目標があるとすれば、その目標は何がきっかけで生まれたのかを覚えているでしょうか?
鉄道会社への就職という目標を失ってやりたいことが無かった私は、高校卒業後の進路も特に考えていませんでした。
やる気がないので受験勉強も身が入らなかったし、そもそも勉強する理由が見つかりませんでした。
高3になった頃、当時発売されたばかりのPS2のレースゲーム「グランツーリスモ4」にハマるようになり、車に興味を持つようになります。
18歳になれば運転免許も取れるし、そしたら自分の車が欲しいと思って、ゲームに出てくる車から自分の欲しい物を探したりしていました。
ある日、テレビのCMで自動車整備士を目指しませんか?という内容の物を見ました。
それは「中日本自動車短期大学」という、2級自動車整備士を養成する短大のCMでした。
ゲームで車の改造をすると速く走るようになるのが面白かったので、実際の車を自分の手で弄ることが出来るようになったら面白いかもしれないと思い、自動車整備士になろうと思うようになりました。
母親に自動車短大へ行きたいと言うと、またしても猛反対を食らいました。
それもそのはず、わざわざ中学から私学に通わせて高い学費を掛けてきたのに工業系の短大へ行くなんて、親としては受け入れ難かったことでしょう。
それでも高卒で鉄道会社へ就職する道は諦めたんだから、短大に行くくらい認めて欲しいと粘り、最終的にはもう好きにしろと、母は半ば諦めながら了承してくれました。
成績の落ちていた私でしたが、自動車短大への入学はオープンキャンパスへ行って自己推薦をすると書類選考のみで合否を出してくれるという制度があり、大変ハードルの低いものでした。
私は高3の秋頃に岐阜県にある中日本自動車短大のオープンキャンパスへ足を運び、自己推薦の登録を行ってきました。
結果、書類選考のみで合格を頂くことができ、一切受験勉強をしないまま高卒後の進路を決めることが出来ました。中高一貫の進学校だったことが、書類選考で有利に働いた面もあるのかもしれません。
こうして中学高校の6年間を終え、18歳になった私は岐阜県へ下宿して自動車整備士を目指すことになりました。
たまたま手に取ったゲームと、テレビで見たCMからの刺激が、私の中で自動車整備士を目指すという目標に変換されました。
このどちらかが欠けていたら、私は全く別の人生を歩んでいたことでしょう。
どんな目標であっても、必ずその目標が出来上がるための原料が存在すると思います。
自分にとって理想的な目標を作り上げるには、原料の種類は豊富であるに越したことはありません。
その種類を増やすために出来ることは、多くの刺激を受けることに他ならないでしょう。
逆に新しい刺激を受けることを拒んでいては、あなたの人生の可能性はどんどん狭まっていくことになると思います。
食わず嫌いをせず、常に新しい刺激を求めて行動していれば、今の自分には想像も出来なかった素敵な目標が出来上がるかもしれません。
人は歳を取るにつれて保守的になっていき、新しい経験を嫌うようになっていきます。
未知の経験を拒みがちな人は、一度考え直してみてはいかがでしょうか?
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