前回の話はこちら。
転職活動にことごとく失敗し、挙げ句の果てには求人詐欺に騙されて希望から絶望へ叩き落とされた私。
睡眠不足に苛まれる日々の仕事の中で、更に転職活動にエネルギーを割いてきた私は、求人詐欺に引っかかったことで心が折れ、もう心身共に限界が来ていました。
今の会社に居続けることも出来ないし、転職することも出来ない。この先どうすれば生きていけるのか分からなくなって、抜け殻になりかけていました。
生気のない目で日々の仕事をこなし、今思えばよく事故を起こさなかったなと思います。
しかし、人生は悪いことも起これば、そうでないことも起こります。
四面楚歌の状態となって諦めかけていたある日。不思議なご縁が訪れます。
2連勤の合間に家に帰らず、バイクで静岡市内を当てもなく走っていると、道路脇の空き地に一台のスーパーカブが置かれていることに気付きました。
走行中だったため行き過ぎてしまいましたが、すぐに脇道から回り込んで戻り、その空き地に寄りました。
そこには大量の家具家電、自転車、バイクなどが並べられている、いわゆるリサイクルヤードとなっていて、以前も一度訪れてスーパーカブを購入したことがあった場所でした。
私はストレス解消のためにスクラップ屋に流れたスーパーカブを収集する癖がありました。
このとき既に13台も所有していましたが、転職活動に失敗して投げやりになっていたために、更にもう一台買ってしまおうと思い立ったのです。
ヤードに立ち寄ると、奥から社長さんが出てきました。私のことを覚えていて下さっていて、気さくに話しかけてくれました。
社長「よぉー加納くん、久しぶりやで!」
関西弁で語るこの社長さんは和歌山県出身の方で、その言葉遣いも相まって【商売人】という印象の人でした。
いつもは外回りで出掛けているようでしたが、この日はたまたまヤードに居たタイミングらしく、「せっかくだからコーヒーでも飲んでいきや」と、隣にあったファミリーマートへ連れて行ってくれました。
砂利の敷地に単管パイプで組み立てられた簡易的な屋根スペースがあり、そこには廃品で出てきたであろう事務机とパイプ椅子が並べられていて、私はそんないかにもスクラップヤードのような雰囲気がとても心地く感じました。
私はパイプ椅子に直接座ると痔が心配だったため、バイクに積んできた丸座布団を持ってきて座りました。
それがきっかけで、運命を変える会話が始まります。
社長「それ、どうしたん?」
私「実は痔になってしまって、いま治療中なんでこれに座らないと辛いんですよ。」
社長「そうなんやぁ、大変やな。」
私「はい。社長さんは元気そうですね、このお仕事って楽しいんですか?」
社長「そうやな~、この仕事はやったらやった分だけ金になるし、なかなかおもろいでー。中にはまだまだ使える物も出てくる。だから家具家電はほぼ買わなくて済むしな。」
私「へぇー、そうなんですか!これってみんなゴミとして人が捨てた物なんですか?」
社長「そうやで、ウチはそれを街で集めてきて、出せるとこに出して金にするのが商売や。」
私「ゴミとして捨てられた物を活かすだけでお金になるんですか!面白い仕事ですね!」
社長「なんや興味あるん?」
私「興味といいますか・・・実はもう会社辞めようと思ってるんですよ。」
社長「マジで!?JRやろ??」
そんな会話が続きました。
しばらく悩みを聞いてもらうような暗い話を聞いてしまいましたが、家族にも言えないような現状の辛さを聞いてもらえただけでも、幾分気持ちが楽になりました。
この時は悩みや愚痴を聞いてもらっただけでそれ以上の話はしませんでしたが、予定通りスーパーカブを購入し、次回取りに来ると約束してお金だけ払って帰りました。
その数日後、運命の日が訪れます。
会社の同僚と昼食を食べていると、社長から電話が掛かってきました。
電話に出ると、社長は開口一番、こう言いました。
「加納くん、うちでやってくれへん?」
私は言葉の意味を理解するのに一瞬時間が掛かりました。
しかし、その言葉の意味が理解できたとき、瞬間的に体内の血が沸騰するような感覚に襲われました。
私という人材を必要としてくれる人がいる・・・
数々の転職活動に失敗してきた私にとっては、たったそれだけで、もう充分でした。
そして、社長は更に続けました。
「うちは自営業やからJRみたいな待遇は用意できひん。そやからずっと働いてくれとは言わへん。加納くんは自分の力で商売できる人や。1年間てつどーてくれたら代わりにノウハウ教えたるから、1年後に沼津で起業してみや!」
衝撃を受けました。
私は今まで、自営業という形で自力で商売を起こすことなど、考えたこともなかったのです。
短時間の会話の間にそこまで多くの情報を読み取って下さり、そして転職に失敗して悩んでいる私に解決策まで考えてくれた。
こんなに嬉しいことはありませんでした。
この時私は、不思議なことに気付きました。
今まで人に雇われて生きようと思っていた頃は、労働条件ばかり気にしていました。
しかし自営業で起業するための勉強と考えたら、そのお誘いに対して給料はいくらかとか、勤務時間はどうだとか、そんなことは一切気にならなくなっていたのです。
私は思わずお返事しました。
「ありがとうございます!是非詳しいお話を聞かせて下さい!来週お邪魔してもいいですか!?」
同僚が一緒にいたため短時間の会話で終わりましたが、この電話の前と後とでは、世界が大きく変わって見えていました。
さっきまで口にしていたランチが急に美味しく感じ、視界が明るくなったかのように感じたのです。
一緒にいた同僚も、「なんか急に元気になったね」と、その変化に気付くほどでした。
こうして完全に燃え尽きてしまったかに思えた私の魂は、風前の灯火どころか、最期の火の粉一粒のところから見事に再燃を果たすことが出来たのです。
再訪問する翌週が待ち遠しくて、もう先日スーパーカブを買ったことすら忘れているのでした。
次回に続きます。
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