前回の話はこちら。
お誘いを受けたリサイクル業の職業体験をさせてもらいに、会社の休日を利用して社長のところを訪れた日。
朝の小一時間で色々お話を聞き、その後は実際に職業体験をさせてもらいに早速現場へ連れて行ってもらうことになりました。
社長は一人だけ従業員を雇っており、彼に付いて回るよう指示されて二人でトラックに乗り込みました。トラックは軽トラではなく1トン半の小型車で、軽トラと比べると随分大きく見えました。
従業員の男性は社長と同じ40代前半で、愛想は良いものの寡黙な人でした。
気になって聞いたことには答えてくれますが、向こうからはあまり喋らない人で、その横顔は真剣に仕事をする人の表情をしていました。
ヤードから10分ほど走ったところでトラックを停め、今日はこの辺を回ると言われて付いていきました。
少し離れてどのように回るのか観察していると、彼は躊躇なく民家の門を開け、玄関のインターホンを押して回っていました。
そしてインターホン越しで元気よく、挨拶していきます。
「こんにちは!今この地区でゴミ回収やらせてもらってるんですけども、ご不要になった家電や金属ゴミはありませんか?お鍋フライパンや自転車なども構いません。」
すると、インターホンに出た人のうち6~7割くらいが、玄関から出てきました。
ほ~!と思いました。見かけはまるで訪問販売ですが、何かを売りつけに来たのではなく、ゴミを引き取りに来たと言われたら少し気になるかもしれません。
しかも、回収できる品目を手早く言うことで、「金属ゴミ」と言われてもパッとしないところから、あれならあった!と、不要になっていた物の存在を思い出すことが出来るようです。
そして出されたゴミを預かり道路脇に置かせてもらって、あとでトラックで回って回収するという流れで作業を進めていきます。
気付くと、午前中の2時間あまりで1トン車の半分近くが埋まりました。その中にある物は炊飯器、お鍋、ビデオデッキ、金属パイプのラック、ハンガー、プランターの支柱、トタン屋根のくずなど、金属としてリサイクル出来る物のほか、自転車が2台も集まっていました。
ゴミと言っても本当に多種多様な物が存在し、これらの物が短時間でここまで捨てられていく様子を見ると、日本は豊かな国だなと感じざるを得なかったです。
昼食で一旦事務所に帰り、3人でお昼を食べました。
社長は私に感想を聞いてきます。
社長「どうやった?面白いくらい集まるやろ」
私「そうですね、あっという間に荷台にゴミが積み上がっていって驚きました。あれが全部お金になるんですか?」
社長「そうやで、帰ってからヤードで分別して、貯まったらまとめてスクラップに持ってく。1日平均で一人2~3万は稼げるで!そん中でお客さんと仲良うなって片付けやら大きい依頼取れれば、一発で10万20万いくこともある。」
私「それはすごいですね!でも逆に全然出ない日もあるんじゃないですか?」
社長「そりゃそうやで、どの瞬間に誰と繋がるか分からんのがこの仕事のおもろいところや。」
社長「訪問ちゅーのはな、諦めた時点で終わりや。自分が諦めた家の一軒隣で、馬鹿でかい案件待ってたかもしれんやろ?そやから1日でいくら稼いだかとか考えんとひたすら『ドアを叩き続ける力』さえ持っとったら、この商売は成り立つんや」
私「確かにそうですね!次の家ではどんなご縁が待ってるか分からないですし、本当そうだと思います!私のように運転席に引きこもって乗り物を走らせるだけの仕事では全く伸ばしてこなかったスキルなので、『ドアを叩き続ける力』を養うことを意識してやってみたいです!」
社長「そうや!ほんなら午後は俺も行ったるから、午後は加納くんも回ってみ!」
私「はい!是非やらせてください!」
そのような会話を経て、午後の外回りに出掛けました。
従業員さんは他のトラックで別行動となり、午後は社長と二人でトラックに乗りました。
社長はタバコをよく吸う人で、私はタバコが苦手だったので窓を全開にしていました。社長は声が大きい人だったので話は良く聞こえましたが、逆に私の返事はトラックの音にかき消されていたようで、社長は何度も耳を寄せて聞き返してきました。
その様子を見て、私は今のような小さい声でお客さん相手に同じようなコミュニケーションが取れるのかと、若干不安になっていました。
そして午後に回る地域に到着すると、社長はそそくさとトラックを降りて目の前にあった家の門を開けました。相変わらず何の躊躇もありません。
そして関西人らしい明るい声で、お客さんに呼びかけていきます。
その姿は先程の従業員さんよりも一層洗練されていて、玄関に出た住人の方も警戒心はあれど、心なしか話すのが楽しそうに見えました。
そして先程よりも更に速いペースでゴミが出されていき、1件目でいきなり車のホイール4本を手に入れてしまいました。
私は出たゴミをトラックに積んでいくよう社長に指示されました。社長は私がトラックに運び込むのが追いつかないくらいの速さで次々と家を回っていき、その速さは気を抜いたら見失ってしまいそうなくらいのペースでした。
途中社長が私が積み込む所を見に来て言いました。
社長「じぶん力ないなー!遅い!遅い!もっとはよ積まんか-!」
私「あ・・・すいません。慣れてないものでして・・・」
社長「ええから早よ積んどき!」
気さくな社長さんでしたが、仕事の時はとても厳しい人なのだなと思いました。
自分が動かなければ明日はない。私は自営業で生きる人間の力強さというものを感じた気がしました。
そして約30分後、トラックの荷台は午前中に積まれた分と相まって8割近く埋まっているのでした。私は積むのに必死で社長の仕事ぶりを満足に見る余裕もなく、慣れない重労働をしたせいで既にへばっていました・・・。
社長「な?簡単やろ?30分で1万5000は稼いだで~」
私「いや凄い速さでしたね・・・とても真似できる気がしませんよ・・・」
社長「そんなん慣れや。ほんなら俺こっち行くで、加納くんはあっち回ってくれるか?4時半にトラックで待ち合わせや」
私「え!?もう僕一人で行くんですか!?」
社長「もう充分見せたやろ?こういうのは自分でやらんと上達せん、数回ったらいいんや」
私「わかりました・・・頑張ってみます!」
そう行って社長は足早に去っていきました。私はしばらくその場に立って社長の行方を見ていましたが、先程の続きと思われる家に早速インターホンを押しに行きました。
市街地の雑踏の中、30メートルくらい離れているというのに、お客さんと楽しそうに言葉を交わす社長の声が聞こえてきて、私は自分にはとても真似出来ないかもしれない思ってしまいました。
このとき午後2時、待ち合わせまで2時間半あります。
このとき私の中には、ある気持ちが芽生えていました。
『この2時間半で何一つ集めることが出来なければ、自分には自営業で生き抜く力はない。』
何も手に入らなければ、どん底の中でやっと見つけ出した新しい生き方に、自ら引導を渡してしまうことになる。そう感じていました。
妙な焦りがこみ上げてきて、私は何かに追い立てられるように近くの家からインターホンを押して回ることにしました。
平日の午後、民家の在宅率は低く、インターホンに反応があるのは50%くらいだったでしょうか。
そして、最初のインターホンに出た人に恐る恐る声を掛けてみます。
私「こんにちは・・・廃品回収なんですけども・・・いまこの辺を回収に回ってまして・・・あの・・・何かご不要な物があればと思いまして・・・」
家の人「あ。うちはいいですー」ブチッ!
一瞬で切られてしまいました。
それもそうです、そんな しどろもどろな話し方では、明らかに不審者です。自分が家にいたら、こんな声のかけ方をしてくる人間のところへ出ようとは思いません。
その後もめげずにインターホンを押し続けますが、インターホン越しに切られることが圧倒的に多く、全く話になりません。
時々玄関に出てきてくれる人がいても、明らかに不審者を見る目をしています。この時の私は本業の寝不足が原因でひどい顔をしており、目の下にはクッキリとクマが現れていました。そんな人間が作業着を着て突然家にやってきたら、それは不審者にしか見えないでしょう。
そんな哀れな人間をさげすむような目線は、私の豆腐メンタルにグサグサと刺さりました。
『ドアを叩き続ける力』、この言葉を自分に言い聞かせて回りますが、9割以上は相手にすらしてもらえません。そして相手にされたとしても、何も出してもらえることはありませんでした。
平日の午後に在宅している人といえば、専業主婦か定年退職者が大半を占めています。
つまりお年寄り相手にお話をすることが多くなるわけですが、絵に描いたような頑固じじいと呼ばれる人種も少なからずいるようで、断られるだけでなく険しい顔で説教されることもありました。
爺さん「あんたねぇ、もっとまともな仕事やった方がいいんじゃないの?俺が若い頃は・・・(以下略」
そんなテンプレートのような説教は、今後何度も聞くことがありました。
その「まとも」と言われている仕事に参ってるから、こっちは新しい生き方を探してるんだよ!・・・と、心の中で言い返していました。
開始から1時間半が経ったところで、私は何一つ廃品を受け取っていませんでした。
私は既に心が折れていました。
こんな思いをしながらゴミを集めるなんて、まるで乞食だ。情けなさすぎる。自分にはJRの運転士という立場がある。それを捨ててまでこんなことをやりたいのか?
またいつもの悪い癖が始まっていました。一度辞めると決めた仕事に、再び未練が沸いていたのです。
16時半に集合したら社長に言おう。「やっぱり自分には無理みたいです。ごめんなさい。」と。
そう思って、傘一本でも持ち帰って献上すればいいやと考え、こんなこと二度とやらないだろうからとりあえず残りの時間も回っておこうかと思ったのでした。
しかし、このとき私は社長の思惑通りに転がされている状態で、この経験が今後の人生の決断に繋がっているとは知る由もなかったのです。
次回に続きます。
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