前回の話はこちら。
進路を選んで受験に臨む時、本命に合格できればすべり止めを受けないのは自然な流れでしょう。
では、本命よりもずっと高みにあるからこそ本命としなかった学校や会社を記念受験するとしたら、どんな気持ちで臨むのでしょうか。
それ以上に、そもそも受けられること自体が奇跡だと思える会社の試験を受けることが出来たら、合格するかどうかよりも、その会社の雰囲気を味わうことに焦点が行ってしまうかもしれません。
就職活動を行うとき、何十社や百社以上の試験を受けに行く人がいるそうです。
仮に百社を受けに行く場合、そのうち何社を本気で受かりたいと思って受けるのでしょうか。
中にはそもそも無理だろうと、最初から期待しないで受けに行った会社もあるかもしれません。
ただ有名な大企業だから一応受けておくというスタンスで入社試験を受けに行くとしたら、果たしてそれは記念受験になるのでしょうか・・・。
前記事の続きですが、いくら実績があるとは言っても、20年前の求人票を使って応募できるはずがありません。
就職課の先生は会社に連絡を取ってみて、改めて私に報告すると言ってくれました。形だけの対応で、どうせ連絡なんて無いだろうとたかをくくっていました。
しかし後日、就職課から電話がありました。
なんと来年度入社の試験を受けることは可能で、ちょうど近日会社説明会があるから行くようにと言われました。
冗談半分で持って行った求人票でしたが、まさか本当に試験を受けられることになるとは・・・
想定外の結果でしたが、専攻科の道が既に開けていた私は本気で考えておらず、進路の決まっている大学生という立場もあって時間はあったので、記念に鉄道会社の社内を見学できるだけでも良い機会になると思い、まずは説明会に参加することに。
説明会の日になり、会社の最寄り駅で降りると、社員の人が改札で待っていました。
「加納さんですか?それではこちらへ・・・」
簡単な挨拶を済ませると早速案内されていきます。
その場に私以外の参加者がいなかったので、もしかしたら自分が最後で他の人は既に到着して待っているのかもしれないと思い、少し気まずい気持ちになりました。
古い建物に案内され、初めて鉄道会社の社内に入りました。
各部屋の表示札が手書きだったりして、どこか昭和っぽいというか、国鉄っぽい雰囲気が漂っていて歴史が感じられました。
館内に漂う古臭い香りが、歴史ある鉄道施設だということを実感させます。そういうちょっとしたところが、鉄道が好きな人間の気持ちを高ぶらせるのです。
やがて研修室に通されましたが、案内された部屋には誰もおらず、電気すら消えていました。
案内役の社員の人は部屋の電気をつけて一言。
「今日は加納さん一人だけです。」
・・・
またしても想定外の結果に、しばらく言葉が出ませんでした。
JRという大きい会社の説明会ですから、もっと大勢の参加者がいて大学の授業みたいな感じで説明会が行われるものかと考えていたのですが、自分一人しかいなかったことには正直拍子抜けしてしまいました。
その後マンツーマンで会社のことを色々説明してもらい、クレペリン検査というひたすら足し算を行っていく試験のやり方などを練習させてもらいました。
静かな室内に、時折真横を通過する電車の音が響いてきます。
鉄道会社らしい空間でJRの社員さんとマンツーマンで話が出来る。鉄道好きな私は、どこか満たされたような気持ちになりました。
2時間程度の説明会が終わり、入社試験の案内は学校へ送る旨を伝えられて会社を後にしました。
本気で就職できるとは考えていなかったのですが、こうして実際に鉄道会社に触れてみると、中学生の頃に失われた情熱が少し戻ってきたような気がしました。
今からでも頑張れば鉄道の現場で働けるのかな・・・
鉄道の現場を見てまるで呪いでも掛けられたかのように、家に帰る頃には私の中にそんな気持ちが芽生えていたのでした。
20年前の求人票が繋いでくれた不思議なご縁。
中3で諦めた鉄道会社への就職は、全く無縁の進路で生きてきたはずの私が20歳になってから再び可能性のあるものとなったのです。
もっとも、今思えばこの色褪せた求人票が悲劇への本当の第一歩だったのではありますが・・・
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