前回の話はこちら。
3月後半になると、いよいよ入社説明会が近づいてきました。
卒業して岐阜県を離れてからしばらく時間があるように感じていましたが、引っ越しのドタバタを片付けているうちにあっという間に過ぎてしまい、気付けば入社まで10日を切っていました。
事前に届くと言われていた案内が封書で投函されており、早速中身を確認してみます。
すると、入社説明会についての案内内容が、内定式で言われていたことと大きく異なることに気付きました。
当初は入社同期の顔合わせも兼ねて、再び名古屋に集合して全員で昼食を取りながら先輩方とも交流する・・・と言われていました。
ところが届いた案内では、静岡県在住の人間は静岡市内で説明会を行う旨。そして開始は13時からとなり、昼食は各自で済ませてから来るようにと書かれていたのです。
楽しみにしていたのに随分と対応が変わったなと思いましたが、この時はあまり異変に気付きませんでした。
当日は案内に従って静岡へ行きました。
小さな会議室に静岡県在住の人間が集まりました。大体15人くらいだったと思います。
会場には愛知県稲沢市にある支社から4人の社員が派遣されてきて、説明会を行う形になっていました。
そこで知ったことでしたが、JR貨物もリーマンショックの煽りを受けて経営が不安定になっていること。そこで少しでもコストを削減するため、入社説明会の方法を変更したことが伝えられました。
要するにお金回りが厳しくなって、新入社員に掛けられるコストが少なくなったと言いたかったのでしょう。
確かに他所では内定取り消しが相次いでいた時期です。
取り消しをせずに全員を内定のまま会社に迎え入れて頂けたこと自体、とても有難いことだと思っていました。
しかし、そのせいで将来を期待されていたはずの50人の新人は、入社する前からお荷物になってしまったのかもしれません。
だったらいっそのこと内定取り消しをしてしまえば良かったと思いますが、大手企業は一度そういうことをしてしまったら、来年度以降学校が生徒を出さなくて良い人材が集まらなくなるという悪循環が出来てしまうのだと聞いたことがあります。
きっとそれを危惧して、やむを得ず全員を採用したのかもしれません。大きな会社には一筋縄ではいかない複雑な事情があるのだと感じました。
私がもしこの時に内定取り消しになっていれば今のような人生には・・・いや、これ以上は考えないことにします。
静岡に派遣された社員も、新幹線ではなく1台の車に乗り合わせて高速道路を使ってやってきたとのこと。
疲れた表情の社員はどこかギスギスしていて、内定式の時とはずいぶん対応が変わり、これから新入社員研修もあるというのに大丈夫なのか?と、少し不安になりました。
そんな私たちは、直後に更に厳しい現実を突きつけられることになります。
なんとJR貨物の社員だからこそ享受できたJR運賃の半額補助制度が、新年度をもって廃止されるということでした。
あまりに衝撃的な内容で、まるで後頭部を何かで殴られたかのような感覚に陥りました。
JR社員なのにJR運賃に関する優遇が一切なくなるということは、鉄道で働くことのメリットが失われるも同然に思えたのです。
しかもその伝え方も意図したかのようにそっけない感じで、
「新入社員ハンドブックの○○ページにある項目ですが、これは無くなりましたので横線を引いて消して下さい。」
これだけでした。
なぜ無くなったのかの説明もなく、求人票に書かれていた福利厚生を一度も受けることなく無くなった事への言及もない。
その時の対応云々に言いたいことはありましたが、それ以上にこの事実が受け入れ難くて、その後の説明はほとんど頭に入ってきませんでした。
今思えば、この時期が会社の経営が暗転する転換期だったのでしょう。
リーマンショックという不可抗力が原因とはいえ、私たちは鉄道会社の社員であることの良い部分をほとんど知ることなく、将来への不安を抱えながらその後の社員生活を過ごしていくことになったのです。現在はどのような状況か存じ上げませんが、少なくとも私が在籍していた期間中は、そういう気持ちで日々を過ごしていた気がします。
私に鉄道が好きだという気持ちが無い人間だったら、この予兆を察知して入社を辞退することも考えていたかもしれません。
冷静に考えれば、この説明会での対応で、会社の在り方や社員に対する接し方まで、粗方把握できたはずです。
これから鉄道で働けるという期待と、最も欲しかった福利厚生がいきなり廃止されるという絶望。
複雑な思いが交錯したまま入社説明会からの帰路に就き、入社までの日々を悶々と過ごしたのでした。
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