前回の話はこちら。
【すべり止め】という単語は、受験生の間で良く使われている言葉です。
自分の第一希望に合格出来なかった時、それで進路が断たれてしまわないように本命ではない学校や会社を受験することを指します。
一方、【記念受験】という単語を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか?
これは合格出来ないだろうと端から期待していないものの、興味があるからとか、その学校や会社の中に入れるだけでも良い思い出になるだろうという思いで受験することを指します。
本命を目指して頑張っている人はすべり止めを考えるし、逆に既に本命に合格してしまっている人は、その余裕と暇にかまけて記念受験を考えるかもしれません。
あなたにとって、試験を受けられるだけでも幸せという学校や会社はあったでしょうか?
短大で2年生になり、再び進路を考える時期がやってきました。
車が弄れたら面白いだろうと思って入った自動車短大でしたが、その後どんな会社で働きたいかは全く考えていませんでした。
多くの場合は全国各地の自動車ディーラーで整備士として働くことになるのですが、私はあまり気が進みませんでした。
中日本自動車短大には専攻科という課程があり、これは2年の在学期間の後、さらに1年か2年間在学して専門的な分野を勉強するというものでした。
量産車の修理ばかりやるディーラー勤務に興味の無かった私は専攻科への進学に興味を持つようになりました。専門的な技術と資格を取れば、より良い就職先も見付かるかもしれない。そう思ったのです。
専攻科には1年間で板金塗装を学び、車体整備士の資格を取れる課程。もしくは2年間で1級整備士を目指す課程の2種類の道が存在しました。
1級整備士というのは聞こえは良いですが、1級でないとやってはいけない仕事というのは存在しないため、当時の自動車業界ではあまり必要とされておらず、現実的には肩書きだけの資格でした。
一方の車体整備士は事故で壊れてしまった車のフレームを修正したり、凹んだり傷ついたりしたボディを修復するというかなり需要の多い仕事で活用出来る資格だったことから、私は車体整備士を目指そうと思うようになりました。
専攻科への進学希望者は学内で選考がありましたが、面接のみで特に難しいことはなく、簡単に合格することが出来ました。
これでとりあえず就職は1年先送りできるし、更に専門的な技術を学べるので個人的には満足していました。
しかし周りの友達はみんな就活をしているし、私も来年にはしっかり考えなければいけないので、とりあえず形だけでもやっておこうかと思い、学内にある就職情報室に足を運んでみました。
この部屋には過去にこの短大に送られてきた求人票が全て保管されており、まるで図書室のようにびっしりと求人票を綴じたファイルが並んでいました。
そんな光景を見て、ふと私の頭の中にある疑問が思い浮かびます。
「この短大に求人票を送ってきた鉄道会社は存在するのか?」
自動車整備士を養成する短大なので、当然鉄道とは全く無縁の学校です。
そんな短大に求人票を送ってきた鉄道会社が過去に存在すれば、その会社を受けることくらい出来るかもしれない。
そう思って全国の鉄道会社の名前を出来るだけ思い出し、それぞれの頭文字からファイルを探していきました。
すると驚くことに、過去に3社だけこの学校に求人票を送ってきた会社が存在しました。
「JR貨物」
「東海整備」
「長良川鉄道」
この3社だけが、膨大な過去の求人票の中に埋もれていたのです。
東海整備はJR東海の下請け会社なので鉄道会社とは言えませんが、JR貨物と長良川鉄道は立派な鉄道会社です。
長良川鉄道は地元岐阜県の会社ですから何となく理解できます。しかし何故JR貨物が・・・?
JR貨物からの求人票が送られてきたのは、過去にたった1回だけだったようです。やや茶色く色褪せたその求人票を見ると、なんと1991年に送られてきたものでした。
国鉄民営化から4年後、バブルの好景気で流れに乗っていた会社が、人手を必要としていたのかもしれません。
求人票が送られてきた実績があるなら、記念に入社試験くらい受けられたらいいな・・・。
そんな気持ちで、その色褪せた求人票を就職課の先生のところへ持っていきました。
「先生、この会社を受けることは出来ますか?」
冗談半分で渡した20年前の求人票。先生から帰ってきた返事は意外なものでした。
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