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逮捕を実名報道された人間はどう生きれば良いのか?

投稿に間隔が空いてしまいました。

先日、私と同じ境遇をお持ちの方からコメントを頂きましたので、逮捕を実名報道された人間の心理について少し書いてみようと思います。

こういう立場になって知ったことですが、世の中の多くの人は、人の本当の苦しみ、痛みを知らないものです。

それ故か、人の粗探しをして、それを吊るし上げることで自己満足に浸るのが大好きなのかもしれません。

個人の犯罪や企業の不祥事など、何か事件が起きた時、2ちゃんねるに立ち上げられたスレッドを読めば、大衆の心理が手に取るように分かるのではないでしょうか。

そこに書き込みを行う人は、なぜ自分の大事な時間を割いてまで、そこに人を貶めるような文章を書き連ねるのでしょうか?

話が大きくなりすぎますが、それは日本の教育で誰もに刷り込まれてきた競争心理が原因になっているような気がします。

表現が難しいですが、日本人は失態を犯した人間を吊し上げて貶めることで、「自分はあいつより上の人間である」ということを誇示したいという心理があるのではないかと思います。

何かにつけて数字で優劣を付けられるのが日本の教育です。

なので、常に自分は周りの人間より優れていたいという心理が芽生えるのは、ある意味当然のことだと思います。

そのため相手を助ければ自分の評価が下がったり利益を失うリスクがあるため、助け合うという精神があまり育ちません。

テストの日に病欠したり、体育の授業で転んで怪我をしたクラスメイトがいたら、本心ではシメシメと思っていたりしたこともあったのではないでしょうか?

会社員になっても、同僚が失態を犯せば、「これであいつより先に昇進できる」みたいな、そんな気持ちになったことはないでしょうか?

そういう心理を国民の大半が潜在的に持っている中で注目度の高い事件を起こせば、ここぞとばかりに貶められることは容易に想像が出来ます。

事件の実名報道も、そういう潜在的な心理を持った多くの人を満足させられて視聴率が取れる注目度の高い事件を起こしたゆえに、容疑や被害の規模に関係なくなされていることは確実でしょう。

私の場合、一言で言えば「JRの元社員がJRの敷地から鉄道車両の部品を盗んだ」ということですから、それは吊るし上げるには好材料で、大勢に受ける記事になったのでしょう。

反面、その事件が結果的に不起訴になったとしても、その事実が報道されることはまずありません。これは自分以外の人間の名誉が回復されることなど、誰も興味がないからです。

また、日本人は面と向かって物事を伝えるのが苦手な反面、相手が手を出せないと分かると人が変わったように攻撃をしたくなる傾向があると思います。頻繁に学校で問題になる「いじめ問題」も、この部分に通じるものがあると思います。

一対一では何も出来ないのに、集団対一になると急に強気になる。ましてやその一人が反撃する力を持っていないと分かれば、どんな非人道的なこともやってしまう。

逮捕された人間が実名報道されてネットで吊し上げられることは、学校のいじめと同じことが社会全体で行われていることの典型だと感じます。つまり、いじめられている被害者の気持ちということになります。

このような意見を述べれば、すぐに「お前は被害者じゃなくて加害者だろ」「全く反省していない」「犯罪者の分際で被害者面するな」という話になります。

それはおっしゃる通りでしょう。学校でいじめを行った子供も「いじめられてる方にだって原因がある」って言いますもの。

ですが、身の綺麗な大勢の人がどういう意見を持とうと、ここでは当事者としてそれを受ける側が実際どんな心理でそれを受け止めているのかをありのまま書いているだけです。人になんと言われたって、自分がどう感じるかは変えられません。

たとえ犯罪者になったって一人の人間であり、実名報道されて、背景も知らない人間にまるで人権が無いかのような扱いを受けることが心外であることに変わりはありません。

あるサイトに、日本の犯罪者割合という数字が示されています。それによると、日本人10000人につき、約6人が犯罪者になっているとのことです。

つまり、日本人の総人口の0.06%の人間しか感じることのない心境を、ありのまま伝えているに過ぎません。実名報道されたという点で絞れば、もっと少ないかもしれません。

そんな少数派の意見が受け入れられるとは端から思っていません。

ただ、この記事を読んで下さった人の中の0.06%でもいいから、犯罪者のレッテルを貼られて吊るし上げられている人間の苦しみや痛みを理解してくれたら幸いに思います。

いじめを受けた子供が自殺してしまうように、犯罪の加害者になった人間もやり場のない苦しみに耐えられず、自殺という道を選んでしまうケースは非常に多いと思います。

でも一度の過ちを犯した人間が、更生の機会を得ることなく死を選んでいくのは、本当に正しい流れなのでしょうか。

制裁には積極的でも、更生には寛容ではないのが日本という国だと感じます。

それは犯罪者でなくても、身の綺麗な会社員として組織の中に居たって同じではないでしょうか。

一度大きなミスをすれば担当の仕事を外され、一度のミスを挽回するチャンスを得ることもなく、自主退職を促すように左遷先の職場に異動させられる。

会社に不祥事があれば社長は辞めろと言われ、国会議員に至っては、辞任しただけで済むと思うな!とまで言われます。そこに挽回するチャンスを与えるという選択肢を、世の中は用意してくれません。

これは日本の国民性であり、この流れに逆らうことは不可能です。

先日コメントを下さった方は、以下の動画を私に教えてくれました。

この中で国会議員の青山氏は、日本という場所を捨てるという選択肢を提案されていました。

これは、非常に的確なアドバイスだと思います。日本人の国民性が犯罪者の更生を難しくしているのなら、日本という国に住むことを辞めてしまうというのは最も早い解決策に間違いありません。

犯罪歴があれば移住が難しくなる国はありますが、それでも広い世界で見れば、移住できる国はいくらでもあります。

もし私と同じ境遇で犯罪の加害者でありながら、いじめの被害者のような苦しみを感じている方、または会社に勤めていながら、仕事のミスがきっかけで迫害され、同じような苦しみをお持ちの方がこのブログを読まれていたのなら、心に留めておいて頂きたいことがあります。

 

それは、今自分が居る場所で報われる方法を考えるより、自分自身が報われる場所に移動することを考えるということです。

 

世の中には、今のあなたを大切にしてくれる場所が必ずどこかにあります。

住む国を変えるのは大きな決断になると思いますが、私のように日本国内でも、縁もゆかりもない田舎に移住した結果報われることもあるのです。

ですから、同じ住居に住み、同じ仕事をしながら日々の生活に苦しみ、将来に怯えるくらいであれば、まずは今あなたが居る場所を移して下さい。

その結果、今のあなたには想像も出来なかったような新しい世界が広がることでしょう。移動した先でも相性が良くなければ、また別の場所に行ってみればいいです。

まるで旅行先を考えるかのように、気軽な気持ちで移住先を決めてしまえば、いずれあなたにとって理想の居場所が見つかると思います。

不祥事を起こしてテレビやネットで散々バッシングされ、芸能界を退いた芸能人だって、今はどこかで一般人として穏やかに暮らしているのです。その人がもし今も東京で暮らしていたら、どれほど息苦しい生活になっていると思いますか?

今と同じ場所にいながら、その頭であれこれ考えたって、得られる結果は今と同じ結果です。

世の中や会社に不平不満を漏らして、どんなに声高に意見を述べても、世の中も会社も絶対に変わりません。

世の中が変わることより、あなた自身が移動することで自分の周りの環境を変えてしまう方がずっと簡単で、結果が早く出ます。

 

私は会社員時代、真面目に仕事を続けていればいつか会社は好転し、労働環境や待遇も改善されて報われる日が来ると信じて日々無事故での乗務に努めてきました。

しかし約6年間仕事をした後、その状況は良くなるどころかより悪くなっていました。

先輩に話を聞けば、「昔は良かった」という話しか出ず、最近良くなったことや報われたことについては考えてもほとんど出てきませんでした。

私が20代前半の頃、30代後半だった先輩方は、今の私と同じことを口にしていました。

「会社が良くなることを信じて残る道を選んだけど、間違いだったみたいだ。もうこの歳では転職できないし、あの頃思い切っておけばよかった・・・」

そう口にしていた先輩の姿を今でも忘れられません。

あなたが会社員だったとしたら、10年先輩の姿は10年後の自分の姿です。30年先輩の姿も、おそらく30年後の自分の姿でしょう。

何かで読んだ本にそんなことが書いてあり、ハッとした記憶があります。

私はその言葉を目にした時、会社という大きな組織が変わっていくのを待つには、人間の寿命は短すぎると思いました。

この場所に居続けたら、きっと30年後には「昔は良かった」と現在を嘆き、過去を偲ぶオジサンになっていたことでしょう。

会社員時代の晩年は体を壊し辛い時期が続きましたが、今思えば体が早々に音を上げてくれたおかげで、まだ若いうちに自分の居場所を移すという決断が出来たのかもしれません。

 

犯罪者になって肩身が狭く苦しんでいる人も、今の仕事で報われず苦しんでいる人も、まずはこの広い世の中のどこかに移動して新しい暮らしを初めてみてはいかがでしょうか。

北海道に行って石炭を掘ったり、沖縄に行ってマリンジェットに観光客を乗せて走り回ったり、そんな仕事で生きる道がこの世には存在するのです。

なんのスキルが無くても、力仕事だけ出来れば高齢化の進んだ田舎の集落では大切にされることだって大いに有り得ます。

そういう場所で大切にされれば、自分の過去なんか関係なく、人の温かさに触れて心が満たされ、食べ物に困ることもなく、お金がなくても幸せに暮らす道だってあるのです。

コメントを下さった方は、実名報道のショックから立ち直れず、今でも自殺のことばかり考えてしまうと語られていました。

ですが苦しさに追い込まれ、自分の命を捨てるくらいの覚悟が出来るのなら、どうせ一度捨てようと思った命。生きてるうちに色んな未知の世界に行って、会社員として安定した生活を送っている人には一生出来ないような危険なことを沢山経験してみたらいいと思います。

その結果何かに巻き込まれて死んだって、自分自身で命を絶つよりはずっと素晴らしい人生を送ったと言えるのではないでしょうか。

 

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逮捕を実名報道された人間はどう生きれば良いのか?」に2件のコメントがあります

  1. はじめまして。
    私自身も、友人とのささいなトラブルで犯罪者となり、実名報道された1人です。原因は、酔った友人が私に手を出してきたことで、抑え込んだ結果、私が友人を怪我させてしまったというものでした。結果、正当防衛は認められず、私が全て悪いといったことで、職や名誉など様々なものを失いました。現在も職につけておらず、家族や友人のおかげでなんとか生きている状態です。

    加納さんのブログを読み進めていくうちに、当記事の「今自分が居る場所で報われる方法を考えるより、自分自身が報われる場所に移動することを考えるということ」という文面をみて、大変共感しました。

    様々な批判を受け、どうしていこうと思った矢先に、このブログに出会えて良かったです。

    1. >大和さん

      初めまして、このようなブログをお読み下さりありがとうございます。

      他人の影響で自分が犯罪者になってしまったという事実を受け入れなければならない、その辛さたるや痛いほどよく分かります。
      大和さんは表向きの加害者でありながら真実では被害者なんですよね。その背景まで向き合ってくれる人間は、残念ながら今の日本の世には非常に少ないと思います。

      大和さんは、その事件が起きた時に住んでいた場所にお住まいですか?その時に一緒に住んでいた家族と今も住んでいますか?その事件を知っている友人に囲まれていますか?

      もしそうなのであれば、今すぐにでも居場所を移してみてください。あなたのことを知っている人が誰も居ない場所に行って初めて、新しい人生が始められると思っています。

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